大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(ワ)4134号 判決 1967年11月14日

原告 斉藤絢子

右訴訟代理人弁護士 淵上貫之

金谷鞆弘

被告 杉山裕こと 杉山宏

右訴訟代理人弁護士 今川一雄

石原しげ子

主文

(一)  被告は、原告に対し、別紙第二物件目録記載の各動産を引き渡せ。

(二)  被告は、原告に対し、金七九、〇〇〇円の金員を支払え。

(三)  原告のその余の請求を棄却する。

(四)  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

(五)  この判決は、前掲第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  原告訴訟代理人は、「(一)被告は、原告に対し、別紙第一物件目録記載の建物部分を明け渡し、かつ、昭和四一年五月二二日以降右明渡済に至るまで一か月金七九、〇〇〇円の割合による金員を支払え。(二)被告は、原告に対し、別紙第二物件目録記載の各動産を引き渡せ。(三)被告は、原告に対し、金三九五、〇〇〇円の金員を支払え。(四)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「一 原告は、昭和三八年八月、別紙第一物件目録記載の建物部分(以下、本件店舗という。)を別紙第二物件目録記載の各動産(以下、本件動産という。)等の什器備品付で賃料一か月金七九、〇〇〇円の約で被告に賃貸し、右本件店舗並びに動産の引渡をした。

二 しかるに、被告が昭和四〇年一二月以降の賃料の支払をしないので、原告は、昭和四一年三月二日内容証明郵便による書面をもって、昭和四〇年一二月以降の延滞賃料を昭和四一年三月七日までに支払うよう、被告に対し、催告をなし、右書面は昭和四一年三月三日被告に通達したが、被告は依然として右延滞賃料の支払をしない。

三 そこで、原告は、本件訴状をもって右賃貸借契約解除の意思表示をなし、右訴状は昭和四一年五月二一日被告に到達したので、ここに本件賃貸借は契約解除により終了した。

四 よって、原告は、被告に対し、賃貸借契約の解除にもとづき、本件店舗の明渡と本件動産の引渡及び本件訴状送達の日の翌日たる昭和四一年五月二二日以降右明渡済まで一か月金七九、〇〇〇円の割合による賃料相当額の使用損害金の支払並びに昭和四〇年一二月分より昭和四一年四月分までの延滞賃料の合計金三九五、〇〇〇円の支払を求める。」

と述べ、

被告の抗弁に対し、「原告が被告に賃貸した本件店舗は、被告主張の如く、さきに原告において訴外米川ウメより賃借したものを更に被告に転貸したものであること、昭和三七年一月三一日被告主張のとおりの和解が原告と米川ウメとの間に成立したこと、原告が昭和四〇年八月以降米川ウメに対する賃料の支払をしていないことは認めるが、被告主張のその余の抗弁事実は否認する。」

と述べ、

再抗弁として、

「一 仮に、米川ウメより原告に対し、原告の被告への本件店舗の転貸を理由に、原告と米川ウメとの間の本件店舗の賃貸借契約を解除する旨の意思表示がなされたとしても、原告は、昭和三八年八月、本件店舗を被告に転貸するについて、米川ウメの承諾を得ていたのであるから無断転貸を理由とする米川ウメの右契約解除の意思表示は、その効力がない。

二 また、原告と被告との間では、被告の原告に支払うべき転借料一か月金七九、〇〇〇円のうち、金一四、〇〇〇円については、被告において、原告の米川ウメに対する本件店舗賃借の賃料として、これを原告に代わって直接米川ウメに支払をなす旨の約定がなされていたにも拘らず、被告は、右約定に違反して、昭和四〇年八月以降米川ウメに対して右賃料の支払をなさず、その結果、原告は、米川ウメより、何らの催告もなく、原告と米川ウメとの間の本件店舗賃貸借契約を解除されたのであるが、米川ウメによる右契約解除の意思表示は、被告と共謀して原告の賃借権を計画的に排除せんとする意図よりなされたものであるから、権利の濫用として無効である。」と主張した。

第二被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、

「原告主張の請求原因事実のうち、被告が原告より本件店舗を本件動産等の什器備品付で賃料一か月金七九、〇〇〇円で賃借し、その引渡を受けたこと、原告に対し昭和四〇年一二月以降賃料の支払をしていないことは認める。なお、被告において保管中の本件動産は、原告に返還する。」と述べ、

抗弁として、

「一 被告が原告より借り受けた本件店舗は、原告が訴外米川ウメより昭和三四年一〇月一日賃料一か月金一四、〇〇〇円で賃借したものを更に被告において転借したのである。

二 原告と米川ウメとの間における本件店舗の右賃貸借については、さきに紛争を生じたことがあったが、結局、昭和三七年一月三一日、渋谷簡易裁判所において和解が成立し(同裁判所昭和三六年(イ)第三二五号建物賃貸借契約和解事件)、米川は引き続き本件店舗を原告に賃貸するが、原告において賃料の支払を三回以上怠ったときは、米川は通知のみによって右賃貸借契約を解除することができるものとすること等の約定がなされた。

三 米川ウメは、原告に対し、昭和四〇年一二月二一日内容証明郵便による書面をもって、原告の被告に対する本件店舗の転貸及び右和解にもとづく昭和四〇年八月以降の賃料不払を理由に、米川ウメと原告との間の本件店舗についての前記賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、同書面は昭和四〇年一二月二三日原告に到達した。

四 そこで、米川ウメと原告との間の本件店舗賃貸借契約は昭和四〇年一二月二三日をもって解除されたので、被告は、米川ウメからの明渡請求により、昭和四一年一月二七日、一旦、本件店舗を同人に明け渡した上、同年一月二八日、あらためて、米川ウメより賃料一か月金二五、〇〇〇円で本件店舗を賃借し、占有改定の方法により、その引渡を受けた。

五 よって、原告は昭和四〇年一二月二三日米川ウメとの間における本件店舗の賃貸借契約を解除されて本件店舗の賃借人たる地位を失い、他方、被告は米川ウメより昭和四一年一月二八日本件建物を賃借してその引渡を受けたのであるから、被告は、原告に対し、本件店舗を明け渡す義務も、昭和四〇年一二月以降の転借料を支払う義務もない。」

と述べ、なお、原告主張の再抗弁事実はすべて否認すると述べた。

第三証拠≪省略≫

理由

一  昭和三八年八月原告が被告に対して本件店舗を本件動産等の什器備品付で賃料一か月金七九、〇〇〇円の約で貸し渡した事実、被告が原告に対して昭和四〇年一二月以降の賃料の支払をしていない事実については当事者間に争いがなく、原告が被告に対し昭和四一年三月二日内容証明郵便による書面をもって昭和四〇年一二月以降の延滞賃料を昭和四一年三月七日までに支払うよう催告をなし、右書面が昭和四一年三月三日被告に到達した事実については被告において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

二  被告は、抗弁として、本件店舗は、さきに原告において訴外米川ウメより賃借したもので、原告がこれを被告に転貸したものであるところ、その後、原告は、昭和四〇年一二月二三日、右米川ウメより本件店舗賃貸借契約を解除されたので、本件店舗の賃借人たる地位を失い、他方、被告は、昭和四一年一月二八日、あらためて本件店舗を米川ウメより賃借し、その引渡を受けたのであるから、被告は、もはや、原告に対し、本件店舗を明け渡す義務もないし、昭和四〇年一二月以降の賃料支払義務もないと主張する。

三  よって、まず、本件店舗につき、米川、原告及び被告の三者間における関係を検討するに、元来、本件店舗は昭和三四年一〇月原告において賃料一か月金一四、〇〇〇円の約で米川から賃借したものであるところ、間もなくして、米川と原告との間で紛争を生じたが、結局、昭和三七年一月三一日和解が成立して(渋谷簡易裁判所昭和三六年(イ)第三二五号建物賃貸借和解事件)、米川は引き続き本件店舗を原告に賃貸するが、原告において賃料の支払を三回以上怠ったときは、米川は通知のみで右賃貸借契約を解除することができるものとすること等の特約がなされたことは当事者間に争いがなく、更に、その後、昭和三八年八月原告は本件店舗を本件動産等の什器備品付で被告に賃貸したこと前認定のとおりであるから、本件店舗に関する限り、原告と被告との契約関係は転貸借となるわけである。

ところで、昭和四〇年八月以降原告において米川に対する本件店舗の賃料の支払をしていないことは当事者間に争いがなく、米川と原告との間における本件店舗の賃貸借契約においては、賃借人たる原告において賃料の支払を三回以上怠ったときは、賃貸人たる米川において通知のみで右賃貸借契約の解除をなし得ることは前認定のとおりであるが、≪証拠省略≫によれば、米川は、原告に対し、昭和四〇年八月分から同年一二月分までの五か月分の賃料不払を理由として昭和四〇年一二月二一日内容証明郵便による書面で本件店舗の賃貸借契約の解除並びに本件店舗の明渡請求の意思表示をし、同書面は昭和四〇年一二月二三日原告に到達したことが認められる。

四  原告は米川による右契約解除の意思表示は被告と共謀して原告の賃借権を計画的に排除しようとする意図の下になされたものであるから、権利の濫用であって無効であると主張する。よって案ずるに、原、被告各本人尋問の結果によれば、原告と被告との間では、本件転借料のうち、米川、原告間における賃料相当金額については、被告において原告に代わり米川に対して直接支払をする旨の約束があったこと、被告は、当初は、右約定のとおり、原告に代わって米川に対する賃料の支払をしていたが、昭和四〇年夏に至り、病気等のため、昭和四〇年八月分以降米川に対する支払を怠るに至ったことが認められるが、いまだ、原告主張の如く、被告が米川と共謀して、原告の賃借権を計画的に排除するため、ことさらに米川に対する賃料不払の状況を作出したとまで認めるに足る証拠はなく、他に米川による前記契約解除の意思表示をもって権利の濫用としなければならないほどの特段の事情も認められないから、原告の右主張は採用するに由がない。(原告は、米川、原告間における前記特約の存在については、被告にも話してあるので、被告もこれを知っている筈だと供述するが、右供述部分は措信することができない。)

五  してみれば、前叙の如く、原告側に米川に対する昭和四〇年八月分以降三回以上の賃料の不払があった以上、前記特約により、催告がなくても、米川の原告に対する昭和四〇年一二月二三日到達の契約解除の意思表示により、米川、原告間における本件店舗の賃貸借契約は昭和四〇年一二月二三日をもって契約解除により終了したものといわなければならない。

六  そこで、基本たる賃貸借契約が契約解除により終了した場合における転貸借契約の効力について考察する。なるほど、転貸借契約は基本たる賃貸借契約とは別個の存在であるから、前者が終了しても、債権契約関係としての後者は、なお、存続するものというべきであるが、この債権契約関係は、賃貸人から目的物の返還請求があり、転貸人たる賃借人において転貸借契約上の債務(転借人に用益をなさしめる債務)を履行することが不能となった場合には、結局、終了するものと解すべきである。かくて、転貸借契約が終了した場合には、転借人に転借物の返還義務の生ずることもとよりであるが、その終局的な返還請求権者は賃貸人なのであるから、転借人において、賃貸人の請求に基き、直接賃貸人に対して転借物の返還をしたときは、転借人は、もはや、その返還義務を果たしたものというべきである。

これを本件についてみるに、米川、原告間における本件店舗の基本たる賃貸借契約は昭和四〇年一二月二三日をもって契約解除により終了し、かつ、同日賃貸人たる米川から賃借人たる原告に対して本件店舗の明渡の請求のあったことは前認定のとおりであるが、かくては、転借人たる被告は、本件店舗の占有使用につき、原告との間における転貸借をもって賃貸人たる米川に対抗するにすべなく、≪証拠省略≫を総合すれば、被告は、米川、原告における基本たる賃貸借契約の終了後なる昭和四一年一月頃、米川からの要求により、本件店舗につき、米川との間で、あらためて、妻の杉山順子を賃借人名義として賃貸借契約を締結し、爾来、一か月金二五、〇〇〇円の賃料を米川に支払って本件店舗の使用収益を継続していることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

以上認定の事実によれば、原告、被告間における本件店舗転貸借契約は昭和四一年一月頃以降転貸人たる原告の転貸借契約上の債務の履行不能によって終了し、転借物たる本件店舗については、転借人たる被告において占有改定の方法により、一旦、賃貸人たる米川にこれを返還した上であらためて米川から直接借り受けたものと認められる。してみれば、被告は転借物の返還義務を果たしたものと解するのを相当とするから、その余の争点について判断するまでもなく、もはや、昭和四一年一月頃以降は、原告に対して本件店舗の引渡義務もないし、転借料の支払義務もないものといわなければならない。

もっとも、本件動産に関する限りは、原告と被告との間における直接の賃貸借であって、本件動産についての右賃貸借は、その成立の経緯にかんがみ、本件店舗の転貸借の終了と同時に終了するものと解するを相当とするから、被告は本件動産を原告に返還すべき義務があり、この点については被告もこれを認めるところである。

また、前叙の次第で、本件店舗の転貸借契約は少くとも昭和四〇年一二月末頃までは存続したわけであるが、昭和四〇年一二月分の転借料の不払の点は被告の認めるところであるから、被告は原告に対して本件店舗等についての昭和四〇年一二月分の未払賃料として金七九、〇〇〇円を支払うべき義務がある。

七  よって、原告の本訴請求は、右の限度で理由があるものとして認容し、その余の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 関口文吉)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例